写真が語る4世代

(79.456.64546)

今日から、高桑ひなさんのリクエストで、私のインドネシア🇮🇩勤務時代のことを書く予定だった。

 

 アルバムをめくっていたら、こんな写真が、目に止まった。

 左から ばあちゃん たまけ。
抱いているのは イヌ しろ。

母ちゃん 照子 あんちゃん 誠

私 淳 前にちょろちょろ、遊んでいるのは、いま中学校国語教師 姪っ子 亜紀子

 二俣の実家の前。
 
1番の驚きは、🫢、私がこんなにスリムだった事。
 今の食べ過ぎに反省。
また、母ちゃんは、今家族でさえわからない状態だが、この頃は、なんか言ったら駄洒落で返していた。
 ばあちゃんは、信仰心が深く、特に、暁烏敏全集を求め読んでいた。 

 母ちゃんは、仕事場(チェーンの組み立ての下請け作業)から、写真を撮るため急いできた雰囲気。
 
 私の学校からして、大学生に、なりたてほやほや?
 
 あんちゃんは、結婚して金沢に戻って、長女あきこが、2-3歳。

 みんな若い。

 40年くらい前の大切な一枚。

ばあちゃんからは、いつも私の手の爪が深爪なのを見て、「こりゃ、働きもんの手や」と、褒めてくれた。
 また、なんかあると 「いつも、おてんとさんが、見とるがいぞ!」と諌めてくれた。

 あんちゃんもたまに、私が実家に帰ると「あつー、ヨー来たな」と、歓待してくれる。
 
 どうやら、私の一家は、外から来る人を心から喜んで受け入れる遺伝子🧬が、あるようだ。
 
 むかしむかし、地方巡業で、大相撲の力士を、二俣町全体で受け入れた。
 どの家も大関の受け入れは、気が張り難しいと断った。
 なのにおやけ(資産家というような意味)でもない私の祖先は快く受け入れた。
 その上、玄関から入る客間の、床の板を、普通 横に敷き詰めるであるのを、わざわざ縦に敷き直した。
 大関に「相撲取りは、土俵で横になったら負け、ちゃんと縦になって踏ん張らにゃいかんと、板を貼り直したがや!」と、説明して、家そのものはあばら屋に近いものだったが、いたく、感激して、心地よく滞在してもらったとか❗️
 いくらか、脚色してあると思うが、昔からトンチが効いた過ごし方していたと脱帽(このことば、変換する際、脱法 も、表示される❓)

先祖に負けんとかんなん。

 明日から、インドネシアの、お話し。

行く前に、ばあちゃんから、「行くのは良いけど、酋長の娘だけは連れて来んといてや!」

と、くぎを、さされる。

 

多分、日本から🇯🇵インドネシア🇮🇩に、出国する姿。

旗でプライドを、

 手芸で愛を、お届けする❗️

明治24年12月創業 旗の村松 手芸の村松

920-0902 石川県金沢市尾張町1-11-12

村松商事 株式会社

電話 076-261-0165 ファックス 076-261-0169

Email  info@e-muramatsu.jp

URL: https://e-muramatsu.jp/

ブログ https://ameblo.jp/e-muramatsu

旗の村松 で検索お願いします。

村松です。

ブログ始めました。是非読んでみてください。