社長の母校金沢大学附属高等学校の学校旗を、創立70周年記念に製作させていただきました。

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生地:西陣織正絹綴地(袷)    
サイズ:約88×135cm    
色:深緑(ご指定の色)    
刺繍:本金・銀・色糸肉盛総手刺繍    
フレンジ:金糸二重別七宝結 周囲モール付    
旗棒:樫材青貝塗3本継240cm棒    
 補強パイプ、銅製本金メッキ金具、牛皮サック付    
旗立台:ステンレス製19mm五脚台 牛皮サック付    
冠頭:銅製本金メッキ丸型ナナコ彫4.5寸三方正面、牛皮サック付    
バンド:応援団用5.5cm巾バンド    
トランク:ジュラルミン製大型親子トランク  
  自由な校風のなかですくすくと育ち、気がついたら、赤点のオンパレードの記憶も時効の年齢になりました。
この学校で得た先生と教え子との強い絆は、どんな悪天候の外界でもわたしたちを心強くささえてくれました。コロナ禍の今でも、本当に皆さんの支えになるものと信じています。母校を思う気持ち、卒業生その他関係のある方すべての気持ちが一つに結集されてこの校旗ができあがりました。立派な校旗をお納めさせていただきましたことに、心からお礼を申しあげます。
 この旗をみるたびに、才気煥発の少年だったあのころ、恥じらいのある、うら若い少女の頃を思い出し、いくつになっても懐かしい母校の尽きない話が紡ぎだせるものになれば光栄です。
母校の威厳を損なわずに私共が誇りをもって製作した逸品です。(かみさん範子記す)
  先日24回生の私が、20年ぶりくらいに再会した医師で、最近私立大学の学長に就任したY君と話した。
その中で、一般の中学から付属高校に進学して、(私も同様だが)最初の半年は、授業についていくのに苦労したと話したので、私は間髪入れず「こっちは、3年間ずっと授業についていけなかった」
と話したら笑っていた。
 また、ファイアーストームという年に一度の祭り(この祭りは、現在ではずっと前に中止。近隣の住民からクレームが来たのだと思う)では、旧制高等学校の寮歌をうたう。
こんなことを2学年半ばまで一生懸命にしていて、授業にもろくについていけなかった。(社長)
 昔はこのように旧制高等学校のバンカラの気性が残っていましたが、今は寮歌を歌う機会もあまりないんでは?と思います。
 なぜかというと今の母校は昔より女子が多く、まるで女子高のような感じをうけました。いいか悪いかはわかりませんが、時代の流れなのでしょうね。野暮ったい→洗練されたイメージに変貌しています。
昔は馬小屋もあったんですよ。かすかに馬術部もいいなあと思っていましたが、母校には馬術部がありませんでした。確か金大の馬術部に場所をかしていたのだと思います。
 お茶室もありましたが今は昔の話。きれいに何も残ってないですね。野球部の部室も昔はありましたが、こちらも今はないです。今は男子が少なく、体育系の男子はあちこちから借りてやっとチームが成り立つという話も聞いたことがあります。部活が強い、弱い以前の話です。
 母のころ(6回生)はサッカー部が強かったそうです。学業と部活,両立していたんですね。私(範子・29回生))の在学のころは文化祭にサッカー部が焼き芋を売っていたような記憶があります。バレー部とESSにはいっていましたが、文化祭にはチョコチップクッキーの生地を沢山冷凍して焼いた記憶があります。コロナとは無関係のいろんなイベントがあり、成績が悪くても楽しかった高校時代でした。世界史のK先生の授業では試験に出ない余計なことばかりが頭にはいりました。ヴェルサイユ宮殿ではなぜハイヒールを履くかとかの授業が妙に頭にのこりました。数学のU先生の授業では微積分とかけて【微かに分かった積り】というのだけ頭に残り、あとの記憶は真っ白です。せっかく立派な先生の授業なのにもったいない限りです。先生には申し訳ない気持ちをずっと持ち続けています。(範子)

 

 

 

 

 

 

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