ねえちゃん(志津子)と妹まっこ(真紀子)から、私がいろいろ受けた影響。妹まっこ編

 

4人兄弟姉妹の末っ子、妹のまっこ。

 よく自家中毒になり、泡を口から出しながら目を白黒させ、今にも死んでしまうのでないかと、かあちゃんをはじめ、周りの家族が心配した。病弱な子供だった。

 小さい時から何かと甘えん坊(嬢?)。しかし、ある時からなかなかの頑張り屋さんの一面を出してくる。

 すぐ思い出すのが、縄跳びの練習するまっこの姿。綾跳び、二重跳び、三重跳びなど、来る日も来る日も飽きずに練習していた。

 なぜそんなに一つのことに熱心に取り組むのか不思議に思った。ただ気づくと縄跳びに関しては妹の足元にも及ばなくなっていた。

 また、4人の兄弟姉妹が母ちゃんの機械で織った藁の筵を、切って端を、縛り畳んで積み上げる仕事を手伝っていた。

 この仕事のうち、切った端を縛るのがまっこの担当。

 一年中縛っているので冬には指があかぎれも重なり、血が滲んでくる。それでも黙々と、縛っている。それをみたかあちゃんが「まっこ、こんな細い指でかわいそうに、頑張ってくれて、あんやと(ありがとう)」と、まっこの手を取り時々慰めていた。

 こんな妹の姿を間近でみているとすぐ上の兄の私がちょっとしたことで根を上げるわけにはいかない!

 ただ高校になり間も無くのまっこから、私のことを「アツシ」と呼び捨て言う事に違和感があったのか、友達から指摘されたのか「(アツシ)おにいさん」と言うようになった。なんだか嬉しいような照れ臭いような私には勿体無い呼び方に思われた。

 私、まっこが、両方高校生時代、「おにいさん(私のこと)、友達から声をかけられたら返事ぐらいしたらどうやいね!」と諌められた。当時、高校では、勉強では最後尾に喘いでいたのに、気の合わななあい同級生から、声をかけられても無視して返事もしていなかった。学園祭を見に来たまっこが放った的確なアドバイス。

 (そうや、無視できるほど立派な私ではないんや!これからは、ちゃんと返事をして話をするようにしないと)と、気持ちを入れ替えて過ごすようになった。もし、あのまっこの言葉がなかったら私の高校時代は、独りよがりになって、今でも心の拠り所となっている親友とも出会わなかったように思う。

 ただ小さい時から頑張りすぎる妹なので、手抜くことがないので、少し休むことが必要でないかと私は心配している。

 とにかく、妹が元気でいてくれることが私の健康のもと。

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